イタリアンアルティメットダークネス日記

おませな小学四年生たちが綴るわいわいブログ

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』 感想編

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア作のSF小説たったひとつの冴えたやりかた』(ハヤカワ文庫SF)の感想編です。

 

紹介編はこちら。

shogakuyonensei.hatenadiary.com

 

たけ、むるが読みました。それぞれの感想です。

※以下、ネタバレを含みます

たけの感想

総合評価 ☆3.5

 おもしろかったです。SF経験が乏しいのもあって、SF的楽しさは新鮮ではありましたが、なんとなく既知のおもしろさの中で上質でしたという感じ。2つ目の「グッドナイト、スイートハーツ」については☆4.0!

  魅力的に思う部分は紹介編にも書きましたが、やはり「優秀な人間とその人間臭さ」「時間差」というのが大きく印象に残っています。以下、各編の感想です。

たったひとつの冴えたやりかた

 この物語はコーティーの人柄と、後半の完璧な立ち振る舞いがとても魅力的でした。そんな一方で、後半の適切すぎる行動に対してそもそも無謀で危険な旅に飛び出していることとの矛盾のようなものを感じなくもないです。でもその矛盾こそが「人間臭さ」であると感じました。物語中コーティーはずっと「コーティー」で、その前向きさと終盤発揮した責任感が彼女の魅力ですが、それをもってしても宇宙を旅したい好奇心を止めることはできなかったわけです。そこに宇宙の魅力に対するリスペクトやロマンを感じました。

「グッドナイト、スイートハーツ」

 この作品では「人間臭さ」がより中心的に描かれていたように思います。まずこの物語に導入となる「図書館にて」で司書のモアは次のように述べています。

ヒーローの選択が、なぜあれほど感情的に苦しいものであったかを、ヒューマン学の専門家にたずねたほうがいいね。

 それに対してコメノも次のように答えています。

イムグレノン教授から、ヒューマンの生殖反応の話を少し聞いたことがあります。(中略) おもな特徴は、その強烈さだと思いましたが

この部分は読者にメタ視点を与えます。普通に読めば「普通の恋愛感情」と受け取ったかもしれない心理を、「ヒューマン独特の異様な情熱・執着」のように捉える視点です。この物語は他の二つと違ってヒューマンしか出てきません。他の2編ではエイリアンの視点によってヒューマンの「ヒューマンらしさ」が強調されていましたが、この物語ではヒューマンしか出てこない分、導入部分においてヒューマンに対するメタな視点を補ったのかもしれません。

 では本編について。まず主人公のレイブンがかっこよかったです。かつては軍人で今はサルベージと救難の仕事をしているわけですが、そういった「めちゃくちゃ優秀な仕事人」みたいなのに萌えがあります。それが公務員的な役職でないところが萌えポイントです。「未来世紀ブラジル」というSF映画に登場する「もぐりの配管工」というテロリストにも同様の萌えがありましたが、僕はそういうのが好きなようです。そんなかっこいいレイブンは優秀さあふれるヒロイックな救出劇をやってのけるわけですが、そこにドロドロとした恋愛的葛藤が介入してきます。男爵の船が襲われたときに助けに行ったのだって、単純な善意というよりかつての恋人を想う下心が強そうです。かつての恋人であり年老いたイリエラか、そのクローンであり若いレーンのどちらを生かすか悩むところなどは、「自分に都合がいいのはどちらか」と悩んでる時点でかなりのえぐみがあります。最終的に下した「自分を危険にさらして二人とも助ける」という選択だって、いかにもヒロイックな行動であると同時に「二人とも欲しい」というごりごりの下心と見ることもできます。僕自身が人に「やさしいこと」をするときにそれが自分のやさしさから来るものなのか、自分をよく見せたい気持ちがそうさせてるだけなのかわからないことが多いのですが、それと似たような行動の二面性が見て取れました。こういった見方は導入部分によってメタな視点を与えられたからこそくっきり意識できていたように思います。

 そして何よりそのオチがとてもよかったです。レイブンは船を離れて一人落ち着き、恋の盲目から覚めた時、サルベージ業者としてのロマン・自由と恋の間で揺れることになります。あれだけの立ち回りをした情熱は結局は恋の情熱のなせる業であり、一度冷めてしまえばヒーローはヒーローでなくなるような、そんな皮肉がとても気に入りました。3つの物語の中でこれが一番好きでした。

「衝突」

 これは紹介編で述べた「時間差」のギミックが実に魅力的に機能していたように思います。メッセージボトルが届いたときには現場ではもう事件が進んでいるというもどかしさ。こちらからは何もできず、ただ次のメッセージを待つしかないというやるせなさ。冒険者たちの目線ではなく、あえてメッセージボトルを通した報告として語るというスパイスが物語のおもしろさを何倍にもしています。そして最後に連邦超光速試作船が登場することによりその時間差が一気に埋まるというカタルシスはたまりませんでした。

 また、この物語の魅力は銀河共通語によるコミュニケーションでしょう。それぞれの目線で描かれたパートにより読者はそれぞれの事情を知っているがゆえに、その双方がコミュニケーションできないもどかしさが、銀河共通語の習得によって徐々に解消されていく気持ちよさと、同時に立ちふさがる異文化コミュニケーションの難しさと危うさにハラハラさせられました。「友達」や「信じる」という概念を伝える場面では人間賛歌のようなものを感じました。時間軸としてはこれが一番古い話なので、その後平和になることはわかっていたものの、一触即発ぶりはドキドキハラハラでした。

 これは余談ですが、ジーロの戦艦でCO2が足りなくなった時、何か燃やせば簡単にCO2を作れるのにな、と思いました。ヒューマンにとって大切な酸素が減ってしまうのがよくないのかもしれませんが。また、ジールタン惑星がとても乾燥していてジーロが水に弱いことと、ジールタンの植物がCO2を排出しジーロが呼吸にCO2を要することの関係は何か科学的に説明できるのか気になりました。光合成は光エネルギーを使って水とCO2から炭水化物と酸素を作るものと認識していますが、ジールタンの植物がその逆反応を行ってるとすると炭水化物と酸素から水とCO2を作っていることになります。このこととジーロがCO2を必要とし水を必要としないことがうまく繋がるとすっきりなのですが、そういう裏話はあるんでしょうか。気になります。

むるの感想

総合評価 ☆4.0

  表題作である「たったひとつの冴えたやりかた」は、少女コーティーが両親に無断で冒険旅行に出かけ、寄生体であるエイリアン、シロベーンと出会う話。シロベーンとの共生関係はすぐに終わり、ふたりは悲劇的な決断を強いられるが、ここで読者は「たったひとつの冴えたやりかた」というタイトルの意味を知る。悲しくもやさしい物語。これは最近盛り上がっている百合SFとも読めるのではないか。

  第二話「グッドナイト・スイートハーツ」は、愛と自由の二者択一を迫られた男の話。第一話とはうって変わって、ハードボイルドな雰囲気。スリリングなアクションシーンも魅力的。

  第三話「衝突」は、人類を敵とみなしている異星人とコンタクトを取り、和解していく物語。互いの言語や文化を全く知らない状態から、相手の出方を探りつつコミュニケーションを図っていくプロセスが面白い。おれはガンダムが好きで、ガンダム作品を貫く大きな一つのテーマは「相互(不)理解」であると思っている。ガンダムでは人類同士のディスコミュニケーションに焦点が当てられており、ここでは異星人を相手としているという違いはあるが、この作品においても異なる文化・言語を持つ他者との相互理解が描かれている。SFの大きなテーマの一つ。

  舞台を共有しつつもテイストが異なる3つの短編であるが、これらのエピソードを過去の事実に基づく記録として保管している図書館におけるやり取りが合間に挟まれ、物語にリアリティを与えると同時に一体感を生み出している。また、リフト宙域では無線が使用できず、情報伝達にタイムラグがあるメッセージパイプを用いているという設定が物語に起伏を生んでいる。こうした小道具もSFの魅力。

  読むと「たったひとつの冴えたやりかた」というフレーズをどこかで使いたくなる。もし、絶体絶命の場面に直面して、自らを犠牲にして状況を打開しなければならないことがあれば、「これが、たったひとつの冴えたやりかた」と言って犠牲になりますので、その際はよろしくお願いいたします。

  

 以上、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア作のSF小説たったひとつの冴えたやりかた』(ハヤカワ文庫SF)の感想編でした。