イタリアンアルティメットダークネス日記

おませな小学四年生たちが綴るわいわいブログ

アンディ・ウィアー『火星の人』 紹介&感想

 どうも、たけです。

 ハードSF小説の傑作『火星の人』の紹介と感想です。読み始めてからは上下巻一日ずつ、わりとさくっと読めました。かなりおもしろかったです。

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今思えば中古で買って映画版の表紙じゃないやつにすればよかった...。

 

紹介

 紹介については下記ツイートがクリティカルです。

 ジャンル的にはハードSFであり、ごりごりっちゃごりごりでした。小説ではありますが、それは「火星探査ミッションの途中で仲間が離脱し火星に取り残された状況から生還するにはどうするか」というシミュレーションであり、そのシミュレーションがそのまま物語を形成している、という作品です。鮮やかな創意工夫の連続であり、絶望的と思えた状況が主人公の機転で解決されることに爽快さがあります。スポーツのスーパープレーなんかも爽快で感動的ですが、この本はエンジニアのスーパープレー集と言えます。「宇宙兄弟」を読んでいたおかげで少しビジュアルを想像しやすかったです。

 火星で一人で過ごすことの精神的苦痛や心理状態などは軽くしか扱われておらず、ヒューマンドラマ的な部分もあっさりなので、すっきりとサバイバルにフォーカスされています。

 

 では、以降はややネタバレも含むもう少し詳細な感想です。

感想

大胆かつ丁寧

 図工好きの理系小学生として、自分の工作経験なども踏まえて読みました。この本を読んだ経験が最も役立つのは実際に火星に取り残されたときでしょうけど、そういう機会に恵まれない地球人にとってもものすごく勉強になる本だと思いました。あらゆる(特にエンジニア的)プロジェクトの教科書になります。合理的かつ大胆かつ丁寧、そしてけっこー泥臭い。「素人発想、玄人実行(金出 武雄)」という言葉がありますが、まさにそんな感じです。突拍子もなく思える大胆なアイデアだけれど、その実行プロセスは至極丁寧にデザインされます。すばらしい。

 例えば、何か計画を実行する際には必ずテストを重ねること、そのテスト項目、テスト方法のデザインがまた実にうまい。そして、そうして慎重に準備したものが本当に些細な、しかし必然的な原因によって台無しになるところもたまりません(僕の経験上も、これはデバイスが勝手に壊れたか??と思っても原因を究明すると自分のミスであることがほとんど)。事前に現れていた兆候をなんとなく気に留めないままでいることで、結局大きなトラブルが起きてしまうこととか、思い出す後悔がいろいろあります。トラブルが起きた際はまず応急的な対応で目先の危険を取り除いたのち、一息ついてから根本の原因究明に取り組む感じとか、実にスマートでしたね。

 また、参考にしないといけないなと思ったのは、いい意味での見切り発車です。その先のゴールまで到達するプランはまだ構築できていないけれど、ひとまずどうするにせよ確実にやらないといけないことをまず進める。その先のことは進みながら考える、というやり方は重要だと思いました。慎重派の人は先の見通しが立つまで止まっちゃうことがあるので、こういう良い見切り発車の大事さは改めて肝に銘じておきたいです。

コストパフォーマンス

 本作では食糧生産におけるカロリー収支、設備のエネルギー収支、化学変化における物質の収支など、様々な計算が行われています。特に、ある行動を行うことで得られる恩恵とそのリスクを天秤にかけ、慎重に事を進める感じなどは実にスマートでした。

 とはいえ、そもそもの、そもそもですよ。一人の人間を生還させるために一体どれだけのリスクとコストを払ってるのか、その収支計算だけはないがしろにされています。そりゃ「人命には無限の価値がある」わけですし、もうスターとなってしまった彼に出し惜しみすることができなくなっていったこともわかりますが、とはいえ、とはいえですよ!

 ワトニーもワトニーです。最初にハブを農園にしたり、ハブの中で水を生成するために水素を燃やしていましたが、どうなんだいそれは。ちゃんと考えた上での行動なのかいそれは。この時はワトニーはまだNASAが自分の生存を確認したことを知りません。水素を燃やそうという際には、失敗して爆発が起きてハブごと玉砕するリスクを自覚して独断で取り組んでいます。そんなリスクを取るためには、まだ多くの生きた機器と6人が何十ソル生きれるサプライとがある莫大な価値のあるハブをNASAが再利用する可能性を考慮し、「その設備を温存する価値」と「自分一人が生還する価値とその可能性とそのために消費する物資」とを天秤にかけた上で、それら物資を生還のために消費する決断をしないといけません。他の場面ではみんな簡単に自分の命を危険にさらして仲間を助けようとするヒロイズムが描かれるのに、ワトニー自身を犠牲にして今後の火星開発の物資を温存して未来に繋げる選択肢はいまいち浮き上がらない。途中いろいろ実験をした貢献があるとはいえ。サンプルは持って帰れなかったし。

 最後にそこについて軽く言及されていて、「それは助け合うのが人間ってもんよ」って感じでした。言及されたことで「そういう天秤がバグっているという自覚はあったんやね」と許してはいます。あとワトニーは自殺しておくべしと言いたいわけじゃないです。もし現実にこんなことが起きたらめちゃめちゃワトニーの生還を応援すると思います。おもしろいので。

 それに単純に物語としては資金面(つまり政治面)の問題を無視することでエンジニア的創意工夫にフォーカスできたこともあるので、そうあるべきでしたね。

オアシス

 「限られた環境の中で無理難題を創意工夫で次々と解決していく物語」はたくさんあります。「火星の人」はまさしくそうですし、まぁざっくり言えば「進撃の巨人」なんかもそうです(「ワンピース」はなんか違います)。そういう物語のなかで「圧倒的なもの」「無尽蔵なもの」の存在というのはオアシスになるんだなと思いました。「進撃の巨人」だとリヴァイ兵長とミカサがめちゃめちゃ強いことがオアシスです。二人が出てきたらもう大丈夫、という安心感を持って読める。全然読んだことありませんけど、異世界転生ものとかだとチートスキルみたいなものがそれになるんですかね?そういうのが多いほどストレスなくサクッと読める。

 「火星の人」の場合、太陽光エネルギーとRTG(熱源に使っていた放射性同位体熱電気転換器)なんかにはそういう安心感を抱きました。人間の微力に対する圧倒的なエネルギー。そしてこれらは敵に回ることはなかったですし、めちゃめちゃ「頼れる奴ら」でした。特にこういう切り詰めた工夫をしなければいけない状況だと、それらの与える安心感はすごくて、ハラハラしながら読んでる最中はオアシスに感じました。創作的にはこういう存在は読者のストレスコントロールに効果的なアイテムなのかもしれません。

 さっき述べた資金面についても「ワトニー救出に当てられる資金は無尽蔵」というのが一つのオアシスでした。そこまで切り詰められるとストレス過多になっていたかもしれません。また、いくらか読んでるうちに「ワトニーの精神力は無尽蔵」ということが飲み込めたのも重要だったように思います。

 そういえば、ボードゲームでも「ドラゴンイヤー」なんかはめちゃめちゃ切り詰めないといけないオアシスなしのゲームなのでしんどいですよね。

 

 以上、アンディ・ウィアー『火星の人』 紹介&感想でした。かなりよかった!☆4.5