イタリアンアルティメットダークネス日記

おませな小学四年生たちが綴るわいわいブログ

渦 その7

 どうも、たけです。コロナ禍の中での考え事、今回はなんとリクエストを受けての記事になります。読んでくれている人がいてうれしい。

コロナ カテゴリーの記事一覧 - イタリアンアルティメットダークネス日記

 

 大人気国民的Podcast番組「未来世紀サクライ」でおなじみのハン氏から「たけの中でこの3人を戦わせてほしいねんけど、どう?(笑)」「たけの論理性フィルターを通したものを読みたい(笑)」というリクエストをもらってペンを取りました。感染症対策になんの専門性のない工学徒の小学4年生なりにやってみます。

 

はじめに

 このブログ内で要約して説明しながら戦わせるには余白が足りないので、各記事の大まかな感想と、気になったところだけピックアップする。ただし、そもそも記事①と記事②については特に言うことはなく、素直に参考になった。記事③は引っかかりだらけだったので、これに対する文句が本題である。

 

記事① 8割おじさん

「このままでは8割減できない」 「8割おじさん」こと西浦博教授が、コロナ拡大阻止でこの数字にこだわる理由

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura

緊急事態宣言も出て、新型コロナウイルスの流行拡大を防ぐため人との接触を8割減らすことが求められている。ところが、緊急事態宣言直前に誰かに資料の数値が書き換えられ、「7〜8割削減」「6割でもいいのか」など、様々な数字が出回っている。8割削減という目標をはじき出した「8割おじさん」こと西浦博さんを取材した。

感想

印象に残ったところを引用します。

 おそらく政治家の人たちの中で、この感染症のリスクがそんなに高く認識されていないのだと思います。8割という数字を出した時に、明確に「8割はできるわけない」とおっしゃった政治家がいました。政治家の立場上、国の経済を止めるわけにはいきませんし、接触の削減で割を食う業界を支えないといけないという責任を負っているからだと理解しています。
 一方、我々科学者がこういう数字を提示しないといけないのは、自分たちが認識している流行のリスクは、いますぐ止めなくてはいけないという危機的なものだからです。社会活動を制限することで受ける損失をはるかに超えるという思いがあります。
 8割が理論的には正しいので、それを目標としてくださいと伝える過程には、簡単ではないせめぎ合いがありました。大臣や緊急事態宣言を担当される部署から、「6割はだめですか?」「それでダメなら7割ではどうですか?」という値切るような聞き方をされました。

 科学者として論理的に導き出した数値を明確に確実に訴えつつ、政治家などの別の立場からの主張と調整する戦いについて書かれています。実際に最前線で戦っている人の体験談であり、裏方での戦いや苦労を垣間見れた読み応えのある記事でした。

 西浦教授は柔軟性があるというか、理論を示すだけでなく、社会にそれを適用するための政治的な戦いにも着手していてバランスがいいです。経済的打撃を気にして自粛を嫌う人たちもいるのでしょうが、「ここで抑え込んで医療崩壊を防いだ方が長期的に見て経済的にもいい」というような論も通らないとなると、なかなか手ごわい。政府筋から通せない意見については「北大の西浦」として個人的に発信されていて、戦闘力が高いというか本当に戦ってる人だなという好印象です。

 一か所だけ引っかかったのは下記の部分。

ただ夜の街で遊んだ上司がいる会社員、というような形で、一般にも広がり始めているのは間違いないです。 

 夜の街で遊ぶのは「上司」、というちょっとした偏見。例えとしてはわかりやすいですが。僕も「夜の街で遊んだ上司」と聞いて「おじさん」を想像してしまいましたが。

 

記事② 感染者たたきは自分たちの首を絞める

headlines.yahoo.co.jp

要約

  • 感染者たたきは利益なし
  • 第一の理由は感染したこと自体は非難の対象にはなりえないから(ウィルスに善悪の意図はない)
  • 第二の理由は感染者をたたく風潮が広がると感染経路を追えなくなる可能性が出てくるから
  • 陰性になってもウィルスは残っているので、自分が感染している前提での行動が大事

感想

 ダイヤモンド・プリンセス号の内情を告発したことで話題になった岩田教授へのインタビュー記事。そういうのを読んでいたからか、これはなんとなく知っているような話ばかりでした。そうですね、大事ですね、という感じ。「ソーシャルディスタンシングをしっかりしましょう 基礎編」というもので、とくに感想無し。

 

記事③ なぜ専門家会議は「命」より「経済」を優先したのか?

bunshun.jp

7日は、安倍総理が夕方までに感染症の専門家などでつくる「諮問委員会」に意見を求めた上で、政府の対策本部で「緊急事態」を宣言。夜7時から官邸で記者会見し、国民に協力を呼びかける。
 だが一方で、安倍総理は6日にも述べたように、「宣言を出しても海外のような都市封鎖(ロックダウン)は行わない」という認識を示している。
 だが、果たしてこうした政府の対応は正しかったのか。公衆衛生や感染症対策の第一人者で、WHO事務局長上級顧問の渋谷健司氏が再度、緊急寄稿した。

要約

長いし内容があれで要約するのがむずいので、記事内の見出しを列挙する。

(1)すでに感染爆発を起こしている東京
(2)なぜ専門家会議は感染爆発の可能性を報告しなかったのか
(3)それでもやはりロックダウンをすべき
(4)日本でもロックダウンは可能
(5)想定外を想定し、臨機応変に方針転換を
(6)官民で叡智の結集を

感想

 4月7日の記事なので、コロナ禍の速度感的にはやや昔の記事。筆者の「WHO事務局長上級顧問・渋谷健司氏」というすごげな肩書と経歴に少しビビりもするが、さすがに雑な内容だったので思ったことを素直に書いていこうと思う。

 専門家会議のせい

まずは「(2)なぜ専門家会議は感染爆発の可能性を報告しなかったのか」から引用する。

専門家会議の数理モデル分析担当の西浦博・北海道大学教授は、4月3日の新聞紙上で「現在の東京都は爆発的で指数関数的な増殖期に入った可能性がある」と述べている。専門家会議は4月1日の段階で西浦教授が4月3日に公表したデータは知っていたはずである。

 この記事は7日に出ていて、記事①は11日に出ているので順序的に不利ではあるが、当の西浦博教授が記事①で散々データを示してきたことを言っている。

 また、別に記事①がなくとも、この記事③内だけで十分に論理の稚拙さが見て取れる。この引用箇所では「専門家会議は4月1日の段階で西浦教授が4月3日に公表したデータは知っていたはずである。」と書いているが、3日に公表されたデータなのだから1日の時点ではまだ出てない可能性は全然ある(もちろん出ていた可能性もある)。推論を断定口調で書いていてよくない。実際ここで言及されている新聞記事は下記のものかもしれない。

「欧米に近い外出制限を」 西浦博教授が感染者試算 :日本経済新聞

実際にこの日経の記事内では下記のように2日の情報を含んでいる。

東京都では2日に97人の感染が確認され、感染者の拡大が広がっている。西浦教授は「東京都も週末にかけて感染者数がさらに増える恐れがある」として、遅くとも来週前半までには自粛要請より強い外出制限を出す必要性を訴えている。

「3日に公表されたので1日にも知っていたはずである」というのはやはり不明確な話である。まぁこれはさほど重要ではないが。

 仮に4月1日の時点で知っていたとして、わざわざ新聞にデータを公表して啓蒙に努めているような専門家が、専門家として呼ばれた会議で感染爆発が迫っていることをデータを示して言わない可能性の方が低いと思うが。歴史修正的なノリを感じる。というか、記事中ではその直後に自分で以下のように書いているのだ。

その後、4月5日になって、専門家会議メンバーが「ロックダウンの提案を政策決定者に伝えたが、大恐慌になるので却下された」とツイッターで明かしている。つまり、命と経済との選択において、後者が優先されたと言えよう。

伝えてるやんけ。そしてロックダウンを拒否したのは政策決定者であると書いているが、下記のように筆者の中では全ては専門家の気概が足りないことのせいになっている。

なぜ、専門家会議のメンバーの中に、4月1日の段階で東京がすでに感染爆発に入っていることを示すデータを出そうと主張する人はいなかったのだろうか。なぜ専門家会議に辞表を叩きつけてでも自分の意見を言うメンバーはいなかったのだろうか。もう手遅れでどのような事態が待っているのか知っているのならば、なぜ身を挺して真実を明かさなかったのだろう。専門家としての役割を放棄し政治的判断に身を任せることは、日本では大人の対応と呼ばれるかもしれないが、国際的にはサイエンスに対する裏切りという評価を受ける。 

急にどうした。

 そう、そもそもこの記事のタイトル「なぜ専門家会議は「命」より「経済」を優先したのか?」にある通り、筆者は経済を優先した責任が専門家会議にあると怒っている。しかし、却下したのは政策決定者だと自分で書いている。また「専門家としての役割を放棄し政治的判断に身を任せることは」とも書いており、これも政治的判断は専門家外で行われていることを肯定している。雑に矛盾している。どういうわけか、専門家の責任にしたい前提で話を進めているように見える。ここまで変なハンドルの切り方では、WHOの立場的に他の専門家に敵対心があるだとか、専門家会議を叩いてほしいというリクエストがあったのかと勘ぐってしまうほどである。

 そもそも、「専門家会議」というのをどう捉えているのか、記事内での言葉の使い分けがよくわからない。例えば以下のように書いている。

専門家会議はその位置付けが極めて不明瞭だ。それゆえ、科学的知見と政治的決断が独立していない。専門家の役割は、「サイエンスとして何が分かっており、何が分かっていないのか」「どういう対策をとればどのくらいの効果があるのか」などをきちんと政策決定者と国民に伝えるのが役割だ。政治家はそれをもとに、例えば、ロックダウンするのか、しないのか、という政治判断を下す。

 混乱してきた。「専門家会議」「専門家」「政策決定者」「政治家」をどう使い分けているのだろうか。首相官邸の資料を見てみると、専門家会議について以下のように書かれている。

新型コロナウイルス感染症対策本部の下、新型コロナウイルス感染症の対策について医学的な見地から助言等を行うため、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下「専門家会議」という。)を開催する。

僕には専門家会議には政策決定者は含まれていないように読める。そうであれば、この筆者が批判すべきは専門家会議ではなく政策決定者である。

 

ロックダウン

 前半ではサイエンスの重要性を訴え、専門家による分析に基づいてロックダウンという強力な政策を打つべきだと力説した。ところが、である。緊急事態宣言というぬるいものではなく「(3)それでもやはりロックダウンをすべき」「(4)日本でもロックダウンは可能」というようにロックダウンの必要性を強く語った後、なんと次のように述べている。

今、我が国のリーダーがすべきことは、危機感の共有と国民が一致団結してこの事態に立ち向かわなければいけないことを明確に示すことではないだろうか。緊急事態宣言、ロックダウン、都市封鎖という言葉遊びではなく、何のためにいま家にいる必要があるのか、ということをシンプルかつ真剣に伝えることだ。「今までとそれほど変わらない」というメッセージは、逆に、人々の危機感を緩めてしまい逆効果にならないか。

 緊急事態宣言、ロックダウン、都市封鎖というのは言葉遊びらしい。今までさんざん「緊急事態宣言」ではなく「ロックダウン」じゃないとダメだ、と言ってきたのに、である。これにはずっこけた。

 そして、

なぜ英国の人々は行動を大きく変えたのだろうか。それは、3月23日、ボリス・ジョンソン首相のわずか6分のテレビ演説による危機感の共有と国民への断固としたメッセージがその大きな要因のひとつであろう。

4月5日、エリザベス女王は国民への演説をした。女王になってから68年、実に4度目の異例の国民への演説である。女王の凛とした覚悟と今を忍び皆で乗り切ろうという国民へのメッセージは感動的であった。

というように、リーダーのカリスマ性による行動変容を期待している。制度よりも精神面を重視している。ロックダウンの必要性はどうした。

意識高い系てきな

 この筆者のノリというのは結局のところややお気楽な意識高い系というか、例えば、

ロックダウンは必ずしも断絶や萎縮ではない。それは、連帯とイノベーションの基盤となるかもしれないのだ。毎週金曜日の夜8時、英国のすべての国民が、ロックダウン中に勤務し続ける医療従事者、スーパーの店員、地下鉄やバスの運転手などへ一斉に拍手をするのは感動的だ。

というようなノリである。

そして最後のまとめは以下のようなものだ。

今、政府の対策本部は混乱の極致であろう。初期の対策開始から刻々と変わる状況の中で疲労もピークにきているはずだ。フェーズが変わりクラスター対策からの転換が必要な今、本部事務局を官民連携にしたらどうだろうか。課題の洗い出しは民間コンサルに任せ、実証はキレキレの学者とエンジニアが行い、優先順位決定はインパクト重視の投資家目線、そして、ロジやオペレーションのプロによる実行案。もちろん、全体と制度とのすり合わせを役所がやる。若手の優秀な日本人は国内、そして、世界にたくさんいる。テレワークメインで24時間365日、世界のどこからでもアクセスして国難を乗り越えるのはどうだろうか。今は未曾有の国家危機、やればできるはず。もちろん、合い言葉は「Crush the Curve」だ。

この人の「専門家に対する信頼」はちぐはぐである。冒頭では「専門家会議は忖度ばかりで専門家はだめだ」というようなことを言って専門家を批判しているが、最後は上記のように「おれが考えた最強の専門家軍団」を発足すべきだと言っている。そして筆者自身が政治に関して素人であるため、この提案自体が専門家を軽視している。問題をかなり単純に捉えているように見える。起業家ワナビー達が最新ガジェットやAIだ5Gだで全部解決!とはしゃいでいるのと同じようなノリを感じる。

  • 自分が推している政策にならなかったのは専門家が忖度したから
  • 海外はこんなにうまくいっている
  • ピンチはイノベーションの源
  • リーダーの熱い呼びかけが重要
  • 官民連携で日本人の力を合わせれば危機は乗り越えられる
  • 優秀な若手

別に間違っちゃいないのかもしれないが、なんというか、典型的なあの感じで、表面的なことしか言っていない。

 

「3つの記事を戦わせてほしい」というリクエストでしたが、記事③の圧倒的敗北です。以上!

 

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