音楽:中村佳穂
どうも、たけです。最近聞き出した中村佳穂というシンガーソングライターを紹介します。突然ざわから「たけが好きそう」と紹介され、まんまと好きでした(ざわは特に聞いていないそうです)。
「きっとね!」。MVのアニメもいい感じです。
最近アルバム「AINOU」が出たのですが、これがなんかすごいです。
彼女の魅力をうまく説明する語彙がないので、「とにかく聞いていください」という感じです。ノンジャンルな最先端な香りがします。イケイケです。以上,超ざっくり紹介でした.
村上 隆『芸術企業論』 紹介&感想
どうも、たけです。
世界的な現代芸術科の村上隆が、芸術界において作品が評価されるとはどういうことか、そのためには何をしなければならないのかを書いた『芸術企業論』(幻冬舎)の紹介&感想です。外で読むにはブックカバー必須です。
概要
「芸術企業論」というタイトルを聞いたときに「芸術をビジネスにするのはなんだか不純」と漠然と思ってしまう部分、これがただの甘えであると思い知らされるところから本書は始まります。
上記サイトの紹介文をそのまま引用します。
なぜ1作品が1億円で売れるのか?どうすれば日本人が世界に通用する作品(=商品)を制作できるのか?自らが世界を相手に試行錯誤して得てきた真実を具体的にあますことなく公開した衝撃の書!!
ここにあるように、芸術作品の価値とは何か、評価とは何か、ということについて村上隆自身が実際にやってきたことを踏まえて徹底的に解説しています。価値ある作品を作るためには何をしなければならないのか、どうプレゼンしていかなければならないのか、村上隆がそこに非常にストイックに取り組んできたからこそ,今の彼があることがわかります。そして,そういったことをさぼっている日本美術界についての苦言だらけです。このように自伝的な要素もあり、力強い言葉で説得力を持って持論が語られているのは痛快でした。
芸術の価値の仕組みを知れる
僕自身は芸術に対して漠然とした興味しかなく、全く詳しくありませんが、この本は知識がなくてもわかりやすく非常におもしろかったです。なぜわかりやすいかというと、本書では芸術作品にどのように価値がつくかが丁寧に説明されており、村上隆自身の作品になぜ価値がついたかも完璧に説明されているからです。そしてアーティスト自身がそれを説明できることが必須なのだと述べている本です。
以前は「絵画に数億円の価値がついた」といったニュースを見てもよくわかりませんでしたが、この本のおかげで少し解像度が上がりました。これを読んだあとにバンクシーがオークションで作品をシュレッダーにかけた話題があったり、それを踏まえて未来世紀サクライのジンさんに勧められたバンクシー監督の映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」を見たりで、以前よりも「ふむふむ」と少しわかった気になれたいい流れでした。
何者かになるということ
以前,芸術系の人なんかが「自己表現」として製作をしているのを見て,「自己表現に価値があるためにはまず自己に価値がないといけないよなぁ」ということを思ってもやもやしていました。本書でもそれに通ずる話題がありました。世界に通用する芸術作品を生み出すことはものすごく大変なことで、ストイックな努力が求められます。村上隆はアーティスト集団「カイカイ・キキ」を主宰しており、そこで組織的な製作や若手アーティストのプロデュースを行っていますが、そこでの「ビジネス的」とも言える活動の実態はセルアウトとは程遠く、「本物」を追究する場でした。価値のあるものを生み出すために自己、あるいは自己の背景にある文化、国、そういった文脈と徹底的に向き合い、えぐり出し、そのすべてを紐解いた先に価値のあるエッセンスを見出すこと、それを表現していくことの重要さが説かれています。これはアートに限らず、創作活動なりビジネスなり、何者かとして価値を提供することの本質のように思い、ずっしりと響きました。
パンチラインが豊富
自身の経験を通した肉感のある言葉で語られるからこそ、本書では印象的でグッとくるフレーズがたくさん登場します。例えば、「芸術家の成長には怒りが不可欠である」の章で次のように書かれています。
宮崎駿さんはいつも機嫌の悪そうな「怒り」の人ですよね。鳥山明さんは作品を見るかぎりそういうタイプではありません。そこには歴然とした違いがあります。「怒り」がないと、希望をきれいに成就させて表現を終えてゆけるんです。
これ、なんとなくしっくりきますよね。グッときました。
更新頻度変更のお知らせ
どうも、小学四年生たちです。
このブログが始まって1ヶ月が過ぎ、これでスタートダッシュ月間を終えました。3月からは(毎日更新ではなく)隔日19時更新となっています。
今後ともよろしくお願いいたします!
ボードゲーム:ゲシェンク 紹介&感想
コインを払ってマイナス点を押し付け合う、一風変わった競りゲーム「ゲシェンク」の紹介&感想です。
概要
- プレイ可能人数 3~5人
- ルール説明時間 3分
- プレイ時間 15~30分
使用するのはそれぞれ3~35までの数字が書かれたカードとコインです。各数字は一枚ずつしかありません。この数字はマイナス点であり、このマイナス点を押し付け合うゲームです。各プレイヤー同数のコインを持った状態からゲームスタートです。山札を一枚めくり、各プレイやー順に下記のいずれかの行動をします。
- コインを一枚払う(払われたコインは場にたまる)
- カードと場にたまったコインを受け取る
これをカードがなくなるまで繰り返します。終了時点での手持ちコインとカードによって次のように得点を計算します。
- 手持ちコインの枚数×1点
- カードの数字はマイナス点として合計
- ただし、連続した数字のカードを持っている場合、そのうち最も小さい数字だけをマイナスカウントし、他の連なった数字は無視する
この3番目のルールがゲームのポイントです。例えば自分が「25」を持っているときに場に「26」が出て、誰も「27」を持っていない場合、自分にとってはこの「26」は無害ですが他の人にとっては「マイナス26」になります。こういう時に「なるべくコインを場にためてから回収する」ことで点とコインを稼ぐことができます。
手持ちコインがなくなると強制的にカードを取らないといけないため、コインが不足しないようにある程度カードを取っていく必要があります。コインがどの程度たまればカードを引き取ってもまだ「マシ」かという駆け引きが重要です。コインの所持数は互いに隠す情報ですので、相手のコイン残数を伺いながら、連番チャンスを活かして稼いで活きましょう。
また、ゲームの最初に山札から9枚カードを抜いているため、必ずしも狙った連番カードが出てこないこともあり、運要素もあるゲームです。
小学四年生たちの感想
たけ ☆4.0
所有ゲーム。めちゃめちゃよくできている。一回やればおもしろさがわかるので、とりあえずやってみてほしい。シンプルで簡単なのに奥深い。「次取ろうと思ってたのに!」と思ってばかり。コインが切れてしまった時の絶望感はやばい。自分のコインの残数をごまかすようなハッタリも重要で、そうしたコミュニケーションも楽しめるゲーム。9枚抜いたカードが何かはもう考えようがないので、運要素もわりと大きいが、そこが盛り上がりポイントでもある。「残りカードに連番になるものがあるかわからないが、勝つには行くしかない」という熱い展開がよくある。最近やらなくなってしまった。
むる ☆4.0
完成度の高いゲーム。ルールだけ聞いてもどういうゲームになるのか想像しにくいところがあるが、一回やってみるとすぐに分かる。減点をいかにしのいでいくか、というゲームだが意外と息苦しさはない。最初に一定数のカードを抜くルールが肝で、3連番にして減点を回避しようと思っていたら中間のカードが入っていなかった、ということがままある。大人数だとランダム要素が強く、「勝つにはこれしかない」と言って博打で一位を狙うために31,32,33の連番を狙うやつが絶対に出てくる。完全に身内ネタで恐縮だが、深夜に連戦した際、「勝つには取るしかない」とみんなで言ってるうちに、いつの間にかみんな「勝つしかない」を連呼した出したのは頭悪くて楽しかった。ただ31と33を持っている状況で、コインを集めるためにパスを続けていると、コイン切れで受け取らざるを得ないプレイヤーがいて共倒れになることも。コインを切らすと思いの外大きなダメージを受けるので、いいタイミングでコインを補充し続けるのが大事か。軽量級ゲームの中では1位かも。
今月のいいね 2019年2月編
どうも、たけです。今月SNSなんかで気になったものをざっくり紹介していくコーナーです。2019年2月編。
LAアートショーでの誰かの作品
昨日LAアートショーに行ってきたんだけど異次元空間を覗いているような作品があった。 pic.twitter.com/DibUbiJNPx
— ヨーヘイ/Animator (@YoheiKoike) January 28, 2019
作者を突き止めず「誰か」としていて申し訳ないです。おそらくマジックミラーを使って外から内は見え、内から外を見ると鏡になるようになっています。そして内側に電飾を仕込んでいます。鏡は多くの物語で異世界への入り口のモチーフになっているだけに、このシンプルな構造で不思議な空間を突如そこに作り上げたのは素晴らしいですね。
古川機工「SWITL」
古川機工「SWITL」…久しぶりに見たけど、やっぱりインパクトある。我が家に欲しい。pic.twitter.com/LvUqw59w2n
— セキ ヤスヒサ🌕 (@Campaign_Otaku) February 3, 2019
ただただすごい。ケチャップやマヨネーズのような粘性のある液体を、形を崩さずに見事にすくいあげる装置です。こういう演出という演出もなく、ただそのパフォーマンスの圧倒的すごさを見せつけるだけでもはやエンターテイメントになっているものに憧れます。
荒牧 悠さんの作品
最高です pic.twitter.com/v8SI303WQU
— ぽ (@bqioipd) February 3, 2019
荒牧悠(@shakemaki)さんの作品だそうです。2次元と3次元が入り混じったようなのは好きですが、これもなかなかおもしろい。3次元のオブジェクトが2次元の影を作り、それが3次元に立体視される仕組み。もとの3次元のオブジェクトよりも影の方が立体的かつ躍動的に見えるのが非常におもしろいです。
ヘッドマウンドディスプレイを用いたVR技術によって多彩な立体映像が楽しめるようになった現在、このようなシンプルな構造で立体視を楽しむのはおしゃれに感じます。まだやり残したことがあるよ、と言われているような。
BLACKPINKのファン作品
BLACKPINKのライブ映像にファンがイラストを重ねたもの。かなり上質。snowやtiktokはこれの自動生成を目指してるだろうし、実際のLIVE演出でもこれを肉眼で見れるようにするのが目標かもしれません。こうしたエフェクトの威力を見せつけられた良き動画です。この映像をパッと見た時は肉眼でこうなるのかと思ってびびりましたが、今の技術では何もない空中に絵を描けないし、髪の毛の揺れまで含めた精度でリアルタイムに人体形状を計測することはできないので、そりゃ後から加工したものだよなと落ち着きました。
ちなみに、再帰性反射材を使って衣装やオブジェクトの形状をリアルタイムで取得し、その形状に合わせたプロジェクションを行う演出を2013年にはライゾマティクスがやっているので紹介しておきます。
Cassettify
カセットテープ型のジョークデバイス。Wi-Fiで音楽データを送り、磁気ヘッドからアナログ出力することでラジカセから再生できるというものです。既存のアイデアっぽいし製作の完成度が高いとも思わないですが、「デジタルとアナログの融合」のようなテーマは好きなので何かのヒントになるかも。バッテリーをもう少し大きくして2時間くらい再生できるようにするだけで納得感が跳ね上がると思います。
日本橋高架下R計画
7年前の作品らしいです。アニメめっちゃいい。
顔自動生成AI
人の顔写真を自動生成するシステム。漫画家がモブを描くときにめちゃめちゃ重宝しそうです。生成システムと識別システムを競わせて精度を高めるGenerative Adversarial Networks(GAN)というアルゴリズムを使用しているそうです。研究において、インパクトのあるデモンストレーションをかませるかというのはかなり重要ですね。
よくSFで「ロボットの人権」みたいなテーマがあると思いますが、自動生成された顔の「肖像権」について考えることもあるんでしょうか。例えばこの顔でアイコラ作るとか。アニメや漫画的な人物画とは異なるあまりに写実的な「人物イラスト」と向き合うとき、同じ「実在しない顔」でも感情の動き方が変わってきますね。
「講義で苦痛受けた」として受講生が京都造形大学運営法人を提訴した件について考えたこと
どうも、たけです。「講義で苦痛受けた」として受講生が京都造形大を運営する法人「瓜生山学園」を提訴したという下記のニュースに関して考えたことを書きます。
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はじめに
本件をざっくり説明すると、京都造形大学の東京にあるキャンパスで行われた「ヌード」をテーマにした公開社会人講座を受講した社会人の方が、講義内容の性的な過激さによって精神的苦痛を受けたことで、「セクハラを受けた」として大学を相手に慰謝料を求めて提訴したというものです。
この件を考える上で、大きく次の3つのポイントがあると考えています。
- 講義内容を芸術教育として認めるか
- 講義を欠席することに対して補償する必要があるか
- 前後のケアが十分であったか
それぞれ順に考えていきます(芸術や法律やハラスメントに詳しくないのでそういう知識に基づいたものではありません)。
ポイント1. 講義内容を芸術教育として認めるか
本件に関して、きっかけとなった講義を行った現代芸術家の会田誠氏は次のように述べています。
寝耳に水でした。メディアからの取材はとりあえず断りました。自分のツイッターは編集されないので、ここに何か書きましょうか…。
— 会田誠 (@makotoaida) February 27, 2019
遠い記憶ですが、その夜のトークは僕の通常運転だったことは確かです。通常運転とは、学者や研究者のやる講義からはほど遠い、実作者としての言葉だったことです。(続く
続き)そもそも西洋から来た「ヌード」という美術のジャンルが、歴史的に「妙なもの」であるという点を軸に話したつもりでした。研究者でないので結論なくグダグダ話しただけと思いますが。全体的には「人類にとって芸術とは何か」という僕の人生を賭けたシリアスな問いの一環だったはずです。
— 会田誠 (@makotoaida) February 27, 2019
続き)そして言外に欲情は禁じられてる。これってなんなんだ? 何ゆえなんだ? 歴史的経緯は? 美術・芸術の領域(具体的には芸大上野キャンパス)から一歩出た世間は、まったく違う風か吹いているじゃないか? どっちが嘘をついているんだ? どっちが病的なんだ? そういう問いです。
— 会田誠 (@makotoaida) February 27, 2019
僕には芸術のことはよくわかりませんが、少なくとも会田誠氏の見解としては”『人類にとって芸術とは何か」という僕の人生を賭けたシリアスな問いの一環”とのことです。僕は納得しています。こういった主張に対し、京都造形大学側、あるいは野次馬がどのような見解を表明するか次第では、それは会田誠氏の作家性、あるいは芸術そのものを否定する表明になり得ます。会田誠氏が持つそういったテーマ、そしてそれを芸術について語る場で人に提示することを、否定するのか肯定するのかが第一のポイントです。これを否定するようであれば、不適切な講義をしてしまいました、で終わりです。ですので、以降はこのポイント1において講義内容を芸術教育の範疇であると認めた場合の話になります。
ポイント2. 講義を欠席することに対して補償する必要があるか
今回の場合、社会人向け公開講座ということで単位や卒業どうこうという話ではないでしょうから、補償も何もないと思います。次に書くことは今回の件とは直接関係のない思考実験的なもので、「これが大学の平常講義で行われていた場合」を想定したときの話です。
平常講義で同様の内容が扱われた場合について考えてみます。十分事前にその講義内容がアナウンスされており、それを聞いて受講を拒否したいと思ったとしても、仮にその講義を欠席することで成績が悪化し、それが本人にとって重大な問題となる場合、その講義に出席することに対して強制力が生じることになります。そうすると「アカハラ」てきな要素が出てくる可能性があります。もちろんその講義を受けることが学位取得のために正当に必須であるならそれは仕方ないことだと思います。もし、大学側がその講義に対し「芸術教育であるが、必須とは言わないし、受けたくない生徒の気持ちも尊重したい」という態度である場合には、他の講義や課題によってその講義を欠席した分を補える仕組みを用意するのが親切です。親切だとして、そのような仕組みを用意する「責任」があるかどうかがポイントになる思います。
ポイント3. 前後のケアが十分であったか
違う例で考えてみましょう。例えば、医学部の学生が人体解剖実習の講義を受けて大きな精神的苦痛を受け、そのことに対し大学に慰謝料を求める訴訟を起こした場合を仮定して考えてみます。この場合、解剖実習を行ったこと自体を批判する人は少ないと思います。これはポイント1に関してそれが妥当な教育であると認めるということです。ポイント2については実際にはどうなっているかは知りませんが、ここではより親切である「欠席しても補償がある」としておいても別にいいです。さて、このような場合、解剖実習を受けたことで苦痛を受けたということを「自己責任」で済ましていいのでしょうか? 解剖実習によってどの程度苦痛を受けるかを、実際に受講したことのない生徒が事前に予見することは難しいため、これに対し「嫌なら受けなければよかったじゃない」とするのは酷だと思います。ですので、このような場合には、大学側が内容を考慮して講義の前後に十分なケアを行う責任があるかがポイントになります。責任があるとする場合には、それが一般的に十分と言えるレベルで行われていたかが論点です。
今回の京都造形大学の件でも同じことが言えると思います。まず、前後のケアを行う責任が大学にあるかどうかが最初のポイントです。次に、責任があるとした場合、事前のケアとしては講義内容に関して十分にアナウンスできていたかがポイントになります。解剖実習であれば事前に講義内容は承知しているでしょうが、今回の件では講義内容の過激さを知らずに受けてしまったというのがそもそもの発端のように思います。また、仮に講義内容を知っていたとしても、受けるかどうかを事前に適切に判断できるとは限らないため、「実際に受けてみたら苦痛だった」ということもあるでしょう。「嫌なら立ち去ればいいじゃない」という意見もあるかもしれませんが、立ち去ったところでもう既に苦痛を受けてしまっているので手遅れです。そこで事後のケアの必要性が議論の対象になります。実際に苦痛を受けたという人が現れた場合、あるいは現れる以前からでも、大学に事後のケアを行う責任があるのか、責任があるとした場合にはそのケアが十分に行われていたかが論点になると思います。
何を問題としているか
余談といえば余談です。上記の弁護士ドットコムの記事には、
大学側は同年7月、環境型セクハラについて、対策が不十分だったと認める内容の調査報告書をまとめたという。ところが、そのあとの話し合いで、示談にあたって、お互い関わり合いを持つことをやめる、という項目をの要望があり、交渉が決裂。
とあります(誤字そのまま)。また、上記ハフィントンポストの記事には以下のようにあります。
学校側は事実を認める一方で、示談の条件として校舎の立ち入りや学校関係者との接触を禁じるなどの対応をし、「外部に出したら名誉毀損として法的措置を検討する」などと大原さん側に伝えたという。
このように、示談の条件に不満があったために提訴に発展したということです。示談というのはそういう条件がつくものでしょうが、それにしても条件が過剰だということでしょうか。その部分への怒りが大きいのだとすれば、提訴の相手通りに対大学の話であり、作家を巻き込む必要はあまりないように思います。(正直、「ヌード」をテーマにした芸術の講義で、しかも講師が会田誠であると事前にわかっていて、その会田誠の「作品」を見てそれほど不快になってしまうタイプの人に対してもう関わって欲しくないと思う気持ちは察します...。)
まとめ
ポイント1については今回は特に争われていないように思いますが、この点への意見によっては会田誠氏の作品や、芸術そのものに対する発言者の見解が垣間見えそうです。ポイント2については強制力うんぬんなのでハラスメント的な話ですが、本件は「社会人向け公開講座」ということなので強制力は弱い、あるいはないと思います。ポイント3についてはケアの責任の有無と、責任がある場合にはそれが十分だったかどうかという話です。ポイント1が興味深く、ポイント3が重要だと思うので、本件がハラスメント案件と言えるかどうかはわりと疑問です。
解剖実習の例を出しましたが、他にもひねった例で考えることができそうです。
- 平和についての講義を受けに来たら、ナチスによるユダヤ人虐殺のエピソードを話され、強制収容所の死体の山の写真を見せられて苦痛だった
- アダムとイブが人間の祖であるのに、人類の祖先が猿だという侮辱を受けた
- エンタメ映画を見に行った際に過激なベッドシーンを見せつけられて精神的苦痛を受けた
- バッドエンドになるとは思っていなかった。それなら先に悲しい映画だと言っておいてほしい
というような場合を考えてみてもおもしろいかもしれません。嫌なものが嫌なのは仕方ないことなので、もう未知の刺激から守られた安全な世界で穏やかで平穏な日々を過ごそうじゃありませんか。
蛇足
ハラスメント案件と言えるかは疑問だと言っておきながらこんなことを言うのは不適切かもしれませんが、「幽遊白書」での下記のセリフを思い出しました。
「キャベツ畑」や「コウノトリ」を信じている可愛い女のコに無修正のポルノをつきつける時を想像する様な下卑た快感さ
それでは。
もちざわ
どうも、たけです。ざわが頻繁に「なんで~なん?」と聞く癖、通称「もちざわ」(「モチベーション聞きざわ」の略)に端を発したLINEでのおしゃべりです。
エフ「『なんで』で検索するとざわの発言めっちゃ引っかかる」
ざわ「なんでおれはこんなに『なんで』って聞くんやろな」
むる「『なんで』を自分に向けだしたな」
ざわ「『なんで』って聞くことで間を稼いでたんかな?」
むる「相手をしゃべらせておこうという人見知りなりの戦術やったんか」
たけ「そういうメソッドやったんや」
ざわ「メソッドだったものが癖になってしまったんやな」
たけ「ざわ、カレー屋さん行ってご飯かナンか聞かれたときはどう答えるん?」
ざわ「ナンで」
むる「名探偵コナンか金田一少年の事件簿どっち読みたいか聞かれたときは?」
ざわ「コナンで」
エフ「無難な髪型か斬新な髪型か聞かれた時は?」
ざわ「無難で」
むる「やっぱり『なんで』って言ってしまうみたいやな」
たけ「もちざわやな。日本酒頼んだ時にあっためるか冷たいままか聞かれた時は?」
ざわ「...そのままで......」
エフ「無理あるやろ」
たけ「『燗で』かなって」
エフ「あー」
たけ「化粧するときに一番こだわるのは?」
ざわ「ファンデ」
エフ「富士山何県から見たい?」
ざわ「山梨県から...これ何が正解なん?」
エフ「ヤマナシで」
たけ「???」
エフ「ナンとナシと似てるやん」
たけ「まさか字面で寄せてくるとるとは...ちゃんと韻踏んで」
ざわ「こうなんでえがく」
たけ「途中にねじ込んできたな」
むる「最後に『なんで』が入る方がいいか」
エフ「学んで」
たけ「すぐねじこんでくるやん。じゃあ愛読してる雑誌は?」
エフ「サンデー」
たけ「早いもん勝ちのシステムなってしまった。もちざわ関係ないやん」
エフ「センター試験、どうやって解く?」
むる「勘で」
たけ「勘で」
ざわ「勘で」
たけ「速度で負けた」
エフ「明日学校ある?」
たけ「あんで」
ざわ「エフ質問出すの早いな。エフだけ一分間待機で」
たけ「死体、どうやって処理する?」
ざわ「酸で」
たけ「明日の朝ごはんどうする?」
むる「パンで」
エフ「タンで」
たけ「パン食っとけよ。朝から焼肉すんなよ」
エフ「懇意にしてる電気会社は?」
むる「関電」
ざわ「『エフ出すの早いな。エフだけ一分間待機で』に気づいて」
エフ「1分は長すぎる」
エフ「あ」
エフ「ハンデ」
たけ「!!!」
むる「おおー」
たけ「優勝」
エフ「うまい。神曲なみに」
たけ「ダンテ」
エフ「ナイス教養」
たけ「『神曲』でググって得た教養」
エフ「ググるのあかんやろ」
たけ「ほんまにごめん。ググってカンニングみたいなことして、ほんとに申し訳ない。」
エフ「懺悔」
お後がよろしいようで。